研究内容

化学を基盤として細胞内現象を解析・制御するための新規分子デザインや新手法を考案し、生命科学研究・創薬研究を展開します。

mRNA医薬品の研究開発

  1. PureCap法


    完全に5’キャップ構造が導入されたメッセンジャーRNAの合成法を開発した。本手法では、PureCapアナログと名付けたジヌクレオチド(PureCap0)をRNA転写合成反応に用いることにより、5’キャップ構造に疎水性の高いo-ニトロベンジル修飾が導入される。o-ニトロベンジル基の疎水性を利用することにより、逆相高速液体クロマトグラフィー上での副生する5’トリリン酸RNAとの完全分離が実現する。キャップ化RNAの単離精製後、365 nmの紫外光照射によりo-ニトロベンジルが除去され、完全にキャップ化されたmRNAが得られる。我々はこの手法をPureCap法と命名し、mRNA医薬の製造技術としての応用に取り組んでいる。

    参考文献

      1. Inagaki, M., Abe, N., Li, Z. et al. Cap analogs with a hydrophobic
        photocleavable tag enable facile purification of fully capped mRNA with various cap structures.
        Nat. Commun. 14, 2657 (2023).
        https://doi.org/10.1038/s41467-023-38244-8

  2. 完全化学合成mRNA



    メッセンジャーRNAの完全化学合成法の開発に成功した。本技術の開発には、化学合成した5’リン酸化RNAに対して化学的にキャップ構造を導入する手法が求められる。我々は、有機溶媒中でほぼ定量的にキャップ構造を導入できる「化学的キャップ化法」を開発することにより完全化学合成を実現した。本手法を用いることにより、任意の位置に任意の化学修飾を導入可能であり、mRNAの機能向上が期待できる。また、完全化学合成法は、転写合成法よりも短期間でmRNA医薬を製造できると期待されている。

    参考文献

      1. Abe, N., Imaeda, A., Inagaki, M. et al. Complete chemical synthesis of minimal messenger RNA
        by efficient chemical capping reaction. ACS Chem. Biol. 17(6), 1308–1314 (2022).
        https://doi.org/10.1021/acschembio.1c00996

Drug delivery system(DDS)

  1. MPON


    siRNAやアンチセンス核酸といった核酸医薬は、標的細胞内へ移行することで薬効を発揮するが、負電荷の高分子という性質上、膜透過性は非常に低い。そのため、核酸分子をいかに効率よく細胞内へ送達するかが重要となる。私たちは、新規の核酸送達法として、membrane permeable oligonucleotide (MPON)を開発した。MPONは、オリゴ核酸の末端にジスルフィドユニットを導入することで、ジスルフィド構造と細胞膜上タンパク質の相互作用を足掛かりに、短時間で効率的にオリゴ核酸を細胞質内へ送達する手法である。MPON-siRNA/アンチセンス核酸は、細胞実験において既存のリポフェクション法よりも高い遺伝子発現抑制効果を示し、さらにイオン化脂質頭部にジスルフィドを導入した脂質をLNP脂質組成に組み込むことで、高いmRNA送達効率を示した。本手法は、オリゴ核酸のみならず、LNP構成脂質や抗体、ペプチドなど、様々な分子に適用可能であり、新たな分子標的薬開発への応用が期待される。

    参考文献

      1. Shu Z, Tanaka I, Ota A, Fushihara D, Abe N, Kawaguchi S, Nakamoto K, Tomoike F, Tada S, Ito Y, Kimura Y, Abe H. Disulfide-Unit Conjugation Enables Ultrafast Cytosolic Internalization of Antisense DNA and siRNA. Angew Chem Int Ed Engl. 2019 May 13;58(20):6611-6615. doi: 10.1002/anie.201900993. Epub 2019 Apr 5. PMID: 30884043.
        Shu Z, Ota A, Takayama Y, Katsurada Y, Kusamori K, Abe N, Nakamoto K, Tomoike F, Tada S, Ito Y, Nishikawa M, Kimura Y, Abe H. Intracellular Delivery of Antisense DNA and siRNA with Amino Groups Masked with Disulfide Units. Chem Pharm Bull (Tokyo). 2020;68(2):129-132. doi: 10.1248/cpb.c19-00811. PMID: 32009079.
      2. Hiraoka H, Shu Z, Tri Le B, Masuda K, Nakamoto K, Fangjie L, Abe N, Hashiya F, Kimura Y, Shimizu Y, Veedu RN, Abe H. Antisense Oligonucleotide Modified with Disulfide Units Induces Efficient Exon Skipping in mdx Myotubes through Enhanced Membrane Permeability and Nucleus Internalization. Chembiochem. 2021 Dec 10;22(24):3437-3442. doi: 10.1002/cbic.202100413. Epub 2021 Oct 22. PMID: 34636471.

  2. Lipid nanoparticle(LNP)

    脂質ナノ粒子(LNP)は、siRNA医薬品のオンパットロ、COVID-19に対するmRNAワクチンとして実用化された薬物送達技術であり、今後もその技術応用が加速していくと考えられる。しかし、投与部位の炎症、肝臓外組織への標的化、長期保存安定性等の課題があり、さらなる技術的進展が望まれている。LNPの体内動態・細胞内動態といった機能的特性は、構成脂質の化学構造及び組成比によって規定される。我々は、脳や心臓など、これまで導入が困難であった組織や細胞へ安全かつ効率的に送達可能なLNP開発を目的に、新規機能性脂質の設計・合成及びそれらの機能評価をin vitro(細胞実験)/in vivo(動物実験)で進めている。

    参考文献

      1. Kimura S, Harashima H. Nano-Bio Interactions: Exploring the Biological Behavior and the Fate of Lipid-Based Gene Delivery Systems. BioDrugs. 2024 Feb 12. doi: 10.1007/s40259-024-00647-4. Epub ahead of print. PMID: 38345754.

合成生物学

  1. ゲノム合成


    分子生物学の分野ではDNAの操作技術は必要不可欠であり、これを活用したDNAライブラリ構築や遺伝子のクローニングが行われている。mRNA医薬品の作成でも重要であり、特にコロナウイルスのような新興感染症のmRNAワクチン作成では配列情報から速やかにDNA鋳型を作成する必要がある。一般的にはPolymerase Chain reaction (PCR)によって短いDNA断片を作成し、酵素処理によって連結するが、目的のDNAが長くなるにつれて効率が著しく低下し、ゲノムスケールのDNA合成は困難である。我々はstopプライマーと呼ばれる化学合成プライマーを開発し、効率的なDNA連結を達成した。これを活用することで従来法では不可能であった1万塩基の長さを持つDNA断片を複数連結し、大腸菌に感染するウイルスであるラムダファージのゲノムDNA構築に成功した。これを利用して迅速なmRNA転写鋳型やライブラリの構築を可能とする技術開発を行っている。

    参考文献

      1. Nomura K, Onda K, Murase H, Hashiya F, Ono Y, Terai G, Oka N, Asai K, Suzuki D, Takahashi N, Hiraoka H, Inagaki M, Kimura Y, Shimizu Y, Abe N, Abe H. Development of PCR primers enabling the design of flexible sticky ends for efficient concatenation of long DNA fragments. RSC Chemical Biology. 2024 Feb 26. Doi: 10.1039/D3CB00212H。